“実験だけが答えを出してくれる。独断専行は私の個性でもある。零細なはんこやのおやじは小さな独裁者であるから、思ったことを勝手に実行できる。しかし今までよいと思ったことを実行してもうまくいったことは少なく、万事失敗例の方が圧倒的に多いのだが失敗例はあまり口に出したくないので黙っている。”
「千年の輝きーヤマトタマムシ生育の秘密」より
タマムシを飼育・研究し、タマムシの羽をアクセサリーにして販売しているタマムシ博士こと芦澤七郎さん。さて、今回の中編ではタマムシ博士が30年以上にわたりタマムシを飼育・研究してきた驚くべき成果の数々に迫っていきます。
前編はこちらから ↓
タマムシ博士こと芦澤七郎さん
研究した人がいないなら僕がトップランナーになれる
ーー芦澤さんはタマムシ飼育の第一人者だそうですね。
そうそう。日本で初めて飼育したって自分で言ってる(笑)長いことタマムシを飼ってきて、いろんなことが分かったから、本を出したいと思ってね。何冊か本を出したんだよ。例えばこれ。
「千年の輝きーヤマトタマムシ生育の秘密」芦澤七郎 平成プロジェクト/知玄舎
今まで研究してきたことは大体これに書いてある。電子書籍や受注生産の本もあるよ。
ーー電子書籍まであるんですか!
タマムシ博士の著作はこちら → ★★★
購入し、サインをもらった。
ーーそもそも、どうしてタマムシを飼おうと思ったんですか?
僕は人と接するのが苦手でね、友達もあまりいないし。今考えると学習障害かもしれない。昔は学習障害なんて言葉はなかったけど。「こうやりなさい」と言われてもできないんだ。学校や会社だとビリの方なんだよ。
ーーこうやってしゃべってると芦澤さんが人と接するのが苦手とは全然思えませんけど。
会社にも務めたんだけど長続きしないんだ。職を転々としてね。それからひとりで家紋を彫る仕事を始めて、その次にまたひとりでハンコ屋をやってね。自分でやり方を模索して大変だったけど、それが性に合ってたんだな。誰かに教わるとダメなんだ。
ーー会社員には向かないから、ひとりでやれる仕事をしていたんですね。
でね、ハンコ屋が軌道に乗ってきた時に「何か趣味でも作ろう」と思ったわけ。それである時、「クワガタ1匹、数百万円!」なんて記事を新聞で見てね。その時、「そうだ。内向きの性格でも、虫を飼うことならできるだろう」と思ったわけ。でも、クワガタを飼ってる人はもうたくさんいそうだし、ホタルもいいなと思ったけど、飼育設備にお金がかかりそうで…。そんな時に昔見たタマムシを思い出したわけ。
ーー「昔」というのはどのくらい前ですか?
もう70年くらい前かな。中学生の時に家の柿の木からタマムシが飛び立つのを見たの。きれいな虫だと思って、走って追っても捕まえられなくてね。
ーー僕も初めてタマムシを見た時の感動は今でもはっきり覚えてます!
それでね、まずは藤枝の図書館に行ってタマムシの飼い方が載っている図鑑を探してみたら…ないんだよ! 静岡県立図書館にもなかった。それで、岐阜県にある名和昆虫博物館に行って、館長に「タマムシって飼えますか?」って直接聞いてみたわけ。そしたら、「飼えません」って言うの。
ーーえ? わざわざ岐阜まで行ったんですか?
行った。それから東京の国立科学博物館に行って聞いてみても、「捕まえたらすぐ標本にするほど貴重な虫だから飼うどころじゃない」って。つまり、飼育記録がなかったわけ。
ーーすごい行動力! でも、岐阜や東京まで行っても飼育方法がわからなくてガッカリしたんじゃないですか?
いや、それがね、喜んだんだよ! わからないからこそ飼ってみたいと思った! 「飼って研究した人がいないんだったら、僕がトップランナーになれる!」って。
ーーめちゃくちゃ前向きですね。でも、あんなに目立つ虫が研究されていなかったっていうのが意外な気がしますね。
僕の推測なんだけど、研究されていなかったのはね、タマムシが人間の生活に影響を与える害虫※でも益虫※でもない「ただの虫」だから。
ーーなるほど、人間の生活に関係のある虫だったら研究されていたと。
タマムシの幼虫はずっと木の中にいて、成虫は6~8月の日中に活発に活動するんだよ。
ーータマムシは夏の虫なんだ!
そう。ちょうど人間が会社や学校に行ってる時間にタマムシは活動してるの。ましてや真夏の昼間に人間はあまり外に出ようとは思わないでしょ? だからみんなあまりタマムシを見たことがないわけ。探せばそこらへんにたくさんいるんだよ。
※害虫…人間の生活に有害な影響を与える虫
※益虫…人間の生活に利益を与える虫
タマムシ1匹、5000円で買います
タマムシが集まるエノキの木
ーー飼育観察を始める時、最初はどうしたんですか? 自分でタマムシを捕まえていたんですか?
そうそう、最初は自分で捕まえてた。図鑑に載っていた情報や聞いた話から、エノキ、サクラ、ケヤキの木の上を飛んでることや、枯れ木の中に産卵することはわかって、ひとりで捕まえに行ってた。でも、途中でひとりでたくさん捕まえるのには限界があるな、と。
ーーそうですよね。ひとりだと絶対大変ですよね。
当時、僕は岡部町(現在は藤枝市に合併、山林の多い地域)に住んでいてね。ハンコ屋の仕事で出入りしていた農協に頼んで、有線放送で近くの農家さんに「タマムシ1匹、5000円で買います」って呼びかけてもらったの。そしたらすぐに30匹くらい集まった。
ーー5000円! …ちょっと待ってください。5000円が30匹ということは…15万円! 相当ハンコ屋で儲けてたんですね!(笑)
ハッハッハ!
ーー5000円ってけっこうな値段だから、「それなら捕まえてみよう!」って気になりますもんね。今でもタマムシを芦澤さんのところに持って行けば買ってもらえるんですか?
買わない。(きっぱり)だってもうたくさん飼ってるから。
ーーで、ですよね!
1年目は全滅、2年目で産卵を観測
タマムシ博士の自宅にあるタマムシ飼育小屋の内部
ーー冗談はさておき、タマムシが集まったら、いよいよ飼育を始めるわけですよね。最初はどんな感じだったんですか?
手探りで始めたから、いろいろ疑問が出てくるわけ。エサは何か? 虫カゴで飼えばいいのか? 卵はどこへ産むのか? 幼虫から成虫になる期間は? 寿命は? とか。
ーー右も左もわからない状態からのスタートってわけですか。
1年目は、自宅に飼育小屋を手作りして、その中に成虫のタマムシを入れて、カキとかサクラとかエノキとかいろんな種類の葉っぱを用意して観察してみたら、タマムシがエノキの葉っぱを好んで食べることがわかった。それからタマムシを増やそうと思って、卵を産む用の切り株を用意したんだけど、1年目は産卵がなくてね。30匹全部死んじゃった。死んだメスのお腹を開いて観察したりしたよ。
ーーなかなかうまくいかなかったんですね。
タマムシの幼虫が住む枯れ木。
翌年も放送で呼びかけてもらって、また30匹くらい集めて。飼育を始めて2年目に初めてタマムシが産卵したんだ。メスが木にお尻を引きずっているのを見て、卵を産むところを探してるんだと思った。それで、卵を産みやすいように木にノコギリで切れ目入れてみたら、大成功だった! 切れ目に卵が産んであった!
ノコギリで枯れ木に入れた切れ目